【クレーム事例:017】言ってもいないことを言ったと批難される

訪問玄関先で交渉の図

《事例概要》
上司と二人で申出人宅にお詫びに伺う ▶ 言ってもいないことを言ったと批難される ▶ 上司が守ってくれない

※【クレーム事例:015】【クレーム事例:016】の話が続きます。まだお読みでない方は、そちらからお読み下さい。

<参考>【クレーム事例:015】テイクアウトしたチキンナゲットが無い

<参考>【クレーム事例:016】配達先が分からないので商品を持ち帰ってしまう

  • 申出人Xとの電話折衝を終えた店長Cは、販売員Aに言います。「じゃあ、今から一緒にX様にお詫びに行くからついてきて。ご自宅は詳しく聞いたから大丈夫。そうそう、お詫びにサービス券をお渡しするから準備して。」
  • 販売員Aは店頭Cと徒歩で申出人Xの自宅に向かいます。Xの自宅はドンキー・ホーテーの裏と言うより少し離れたところにありました。
  • 玄関先で立って話すことになります。店長が、配達が遅れたことをお詫びしながら、チキンナゲットとサービス券を渡します。
  • 申出人Xはサービス券の枚数に少し満足した様子を見せて言います。「俺はね、このナゲットのことを怒ってたんじゃないんだよ。わかるよね。この人の心の問題なんだよ。」と販売員Aを顎で指しながら店長Cに向かって言い続けます。「渡しそびれた商品を届けるのに、住所を言っているのにしつこく電話してきて、家はどこだ?と聞く。全然、申し訳ないと思ってないよ。この人は。そうでしょう店長さん。」「ごもっともで、誠に申し訳ありません。」「あなたの指導の問題だよ。挙句に、アパート住まいか?なんて言う。失礼だよね。もっと詳しく説明しろって言うんだよ。こっちの説明が悪いみたいだ。こっちが怒られてるみたいだ。逆でしょ。迷惑してんのはこっちなんだよ。ちがう?」「おっしゃる通りです。誠に申し訳ありません。私の指導の問題です。」「でもって、こっちも仕方がないから迎えに行こうかと思ったんだよ。でも鍋に火をつけたから出られない。こっちは一人暮らしだ。家族を頼れない。この人はそれを馬鹿にしたように言うだよ。無理ですよねえ。って言い方、ありえないだろう。独身を馬鹿にしているんだよ。本当に失礼だよこの人は。どうなってんだよ。社員教育は。店長さん。」「申し訳ありません。」「で、そんでもなかなか配達に来ない。ドンキの前なら数分だ。事故でもあったのかと思って心配して店に電話してみたんだよ。そしたら、どういうことよ。配達をやめて店に戻ってるっていうじゃない。こっちはビックリだよ。」……と言う叱責が30分続きます。店長Cは「誠に申し訳ありません。」を繰り返し続けます。申出人Xの言い分が余りに事実を歪めているので、販売員Aはそれを訂正しようとしますが、店長Cが頭を下げながら左手でそれを制します。「何も言うな」というジェスチャーです。販売員Aは黙って耐えます。
  • 黙って耐える販売員Aに悔しさがこみ上げます。ついに頬に涙が伝います。それを見て、申出人Xは満足したように叱責のトーンを落として締め括りに入ります。
  • 「まあ、経験のない世間知らずな人はこの人だけじゃない。それを指導するのが店長さんの仕事だ。社員教育がなっていないと、お店の信用、会社全体の信用にもかかわるでしょ。いまどきはマナーの悪い店員がいるとすぐにネットで拡散されるんだよ。大変なことになるよ。でも、私は今日のところは、店長の指導力に期待することにするよ。」「誠にありがとうございます。X様のようなお客様にご指摘を受けながら私どもの店もより成長していけます。貴重なご指導、ありがとうございました。本日のこと、肝に銘じて社員教育を徹底してまいります。本日は誠に申し訳ありませんでした。」「おう、そうだ。その心がけだ。店長も若いようだが期待しているよ。サービス券も貰ったから、また寄らせてもらうよ。店長の指導の成果を見せてもらうよ。」「今後ともよろしくお願い致します。」
  • やっと解放されます。外に出た店長Cが安堵した声で言います。「いいお客様じゃなか。言っていることは筋が通っているよ。アパート住まいかって言い方は無いよね。確かに。独身を見下したような言い方もまずかったね。何よりも相手に了解を得ずに配達を止めたのは非常識だったよね。」
  • 販売員Aは耳を疑います。そして今まで黙ってこらえていたものが爆発するように、強い口調で言います。「わたし、そんな事、言ってません。アパート住まいなんて言ってません。独身がどうのなんて言ってません。何度電話してもすぐに切られてしまうので、仕方なく店に戻ったんです。」店長Cは、勢いに驚いたように販売員Aを見ます。「でもアパートって言葉は言ったんだよね。」「それはまあ…」「独身って言葉は?」「それは言ってません。」「でも、お客様の了解を得ないで店に戻ったのは事実でしょ。」「それはまあ…」店長Cは納得したように頷いて、続けます。「だからね。そういうところを直さなきゃ駄目なんだよ。」……結局、申出人Xの自宅を出て店に戻るまでずっと、販売員Aは店長Cからの指導を受け続けることになります。
  • Aはあまりの悔しさから、帰宅して一連の出来事を両親に話します。そして、翌日、店長に退職の申出をします。

《適切な対応》
 ▶ お詫びの意義を意識し、その結果を予想する ▶ 悪質なクレーマには些細な満足も与えない ▶ 会社の大切な人材を守る

何にお詫びをするのかを明確に意識し、お詫びをするとどうなるのかを予測する

  • 店長Cは、申出人X宅にお詫びに行くと言いますが、どうしてお詫びをするのでしょうか?お詫びをすることで何を期待しているのでしょうか?もし、文句を言うからお詫びをする。お詫びをすれば文句がおさまる。という程度の考えであれば、もう少し深く考えた方が安全です。お詫びをしても期待どおりにならない場合があるからです。
  • 申出人Xは、店頭でチキンナゲットを受け取っているのは防犯カメラで確認できています。それを受け取っていないと言い張っているのです。そして配達に向かう販売員Aに十分な情報を与えず混乱させ、怒鳴りつけているのです。ここで、しっかりとクレーマーの心理を把握する必要があります。申出人Xは理不尽な謝罪をさせ、理不尽に金銭的な利益を得て、理不尽な特別待遇を得ることを期待います。

<参考>【理論編】クレームの構造的理解/第6講:クレーマー心理

  • おそらく、理不尽な謝罪要求に応じ、理不尽な金銭的利益を与え、理不尽な特別待遇を提供すれば、申出人Xは満足するでしょう。申出人Xにとって大成功ということです。そして、その店は、味をしめた申出人Xに脇の甘い店と認定され、同じようなことを何度もされることになるのでしょう。店長が変わっても、「前の店長にはこうしてもらった。」と言うのでしょう。永遠に悪質なクレーマーに絡まれ続けるのです。
  • それでもお詫びをしますか?販売員Aを連れて行って、クレーマーに絡まれている本人に頭を下げさせますか?社員教育ができていませんでしたと店長がお詫びをするのですか?そうして良いことなど何もありません。

悪質なクレーマーには些細な満足も与えない

  • 悪質なクレーマーとの交渉のポイントは「些細な満足も与えない」です。ひたすらイラつかせ、同意を得ようとは思わないことです。まして、申出人Xの自宅で交渉するのです。Xが騒ごうと怒鳴ろうと暴れようと、他のお客様には全く迷惑をかけません。思う存分悪行をさせて記録に残せばよいのです。
  • 今回の訪問には、販売員Aを連れて行く意味はありません。店長CとチーフBが二人で行って、是々非々の筋を通せば良かったのです。確かに、配達の途中であきらめて店に戻るのは良くなかった。でも、それは申出人Xの振舞いによるものが大きく、申出人Xの自らの言動に対する詫びがなければ、店側としてもお詫びすることはできない。という条件付きのお詫びがせいぜいです。
  • そんなことを言われると思っていない申出人Xは激高するでしょう。でも、申出人Xの玄関先です。思いっきり激高して頂いて、付き添いのチーフBが淡々と記録に残せばよいのです。
  • そして、防犯カメラでは店頭でチキンナゲットを渡した記録が残っていることを説明し、なぜご自宅に着いたときにそれが無くなっていたんでしょう?と、不思議がっていればいいのです。怪奇現象としか言いようがない。不思議です。不思議です。と、真剣に困った顔で悩んでいればいいのです。それを、申出人Xが「もういい、帰れ!」と言うまで、延々とやっていればいいのです。楽な折衝です。
  • 申出人Xは言うでしょう。「ふざけるな!お前たち。訴えてやる。ネットで拡散してやる!」と。しかし、そのようなことを言われても、全く気にすることはありません。ネットの世論も愚かではありません。誰が正義かを見抜く洞察力があります。それに、ネットで拡散するにはそれなりのネット上の信頼が必要なのです。常習的なクレーマーがネット上で信頼を得ることはありません。「残念ですが、X様がそのようにされることをお止めすることはできません。」のワンパターンのフレーズでOKです。
  • 以上で、申出人Xからのクレームへの対応は完了です。この店は、Xにとって手ごわいに店になるので、もう絡んだりしないはずです。

<参考>【理論編】クレームの構造的理解/第7講:クレーマーとの交渉

会社の大切な人材を守る

  • この事例では、店長Cが販売員Aを生贄に捧げて申出人Xの機嫌を取っています。販売員Aはクレーマーからの攻撃に心が折れたのではありません。自分を守らない組織に絶望して心が折れたのです。
  • 実は、悪質なクレーマーへの対応は難しくありません。善良な顧客の理になかったご不満にもとづく理にかなったご要望への対応の方が、よほど難しいのです。悪質なクレーマーの理不尽な要求は蹴っていれば良いのです、微塵の満足も与えなければ良いです。しかし、善良な顧客の理にかなったご要望にはなんとしても応えたい。なんとかご満足いただきたいのです。それが、通常の手順では対応できないことであれば、とても難しくて気を遣うことになります。
  • しかし、多くの人が悪質なクレーマーへの対応を難しいと思っています。それは、クレーマーへの対応の最初の心得を間違っているからです。クレーマーをお客様だと思って満足させようとするからです。クレーマーの罵詈雑言は折衝担当者の人格に向けたものではなく役割に向けたものだと割り切れないからです。

<参考>【導入編】クレーマー対応 3つの心得

  • 悪質なクレーマーへの対応が難しくないと分かれば、会社の大切な人材を生贄としてクレーマーに捧げて媚びる必要などないのです。
  • 店長CもチーフBも、部下である販売員Aを理不尽なクレーマーの攻撃から守ると言う強い意志を示せば、販売員Aはお客様を怖がらずに安心して真心のサービスができるようになります。また、販売員Aをしっかりと守る店長CとチーフBの姿勢を見れば、他のスタッフも安心して働ける職場になります。