【テーマ考察:001】カスハラ対策とクレーマー対策

カスハラ対策とクレーマー対策の関係図
  • 令和2年厚生労働省告示第5号で、カスタマーハラスメントに対する事業者が講じるべき措置が示されて以降、各企業においてカスタマーハラスメント対策が急務とされています。そして、いままでモンスタークレーマーへの対応として私たちを悩ませていた問題は、カスタマーハラスメント対策の枠組みの中に包括されると思われがちです。
  • しかし、「カスタマーハラスメント対策」と「クレーマー対策」は本質的に大きな違いを持っています。厚生労働省が指導する「カスタマーハラスメント対策」を十分にやっていれば「クレーマー対策」も十分だということではありません。二つの対策の関係について分かりやすく説明します。

カスハラ対策とクレーマー対策は目的が違う

カスハラ対策は<経営者目線>で職場の労働環境の改善を目指す

  • カスタマーハラスメントという言葉は、職場内でのハラスメントとして「セクハラ」「パワハラ」に続く第3のハラスメントとして使われます。
  • 令和2年厚生労働省告示第5号は、カスタマーハラスメントについての告示ではなく、パワーハラスメントを防止するために事業主が雇用管理上講ずべき措置を示すことが主眼になっています。
  • その流れの中で、告示の最後のところで、労働者が取引先からハラスメントを受けることもあるから事業主は適切な対応をして労働者を守らなければなりませんよ。と記載されいます。これがカスタマーハラスメントについての厚生労働省のかかわり方です。
  • 確かに、セクハラ・パワハラと同じように、カスハラは労働者を苦しめ職場環境を悪化させるものですが、元凶が職場に無いというのが大きな違いです。厚生労働省は事業主に強い指導をすることができる。労働者にもちょっと指導できる。でも顧客等に指導することが難しい。日本中のモンスタークレーマーを改心させるのが厚生労働省の仕事ですか?無理でしょう。ということです。確かに無理です。
  • それでも、厚生労働省は民間企業の力を借りて、令和3年に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を作成します。これは先の告示と違い、カスハラから労働者を守るために事業主は何をすべきか?ということを詳細に整理している50ページを超えるマニュアルです。とてもよくできたマニュアルです。
  • しかし、このマニュアルはどうしても<経営者目線>のものになってしまいます。事業主はちゃんと体制を整えていないと事業主の責任が問われますよ。という脅しのトーンになっています。そのため、カスハラの被害にあう労働者を企業がどうフォローするかという話になっいます。
  • これは、担当者に対しては「カスハラにあったら、社内の相談窓口に相談して、心を壊されないようにしなさい」と言っているようなものです。担当者はクレーマーとどう渡り合え、ということがほとんど記載されていないので、現場の担当者への行動指針としてはとても心元ないものになっています。緊急脱出装置は充実しているけれども、機関砲やミサイルなどの兵器を備えていない戦闘機に乗って戦えと言われるようなものです。

クレーマー対策は<現場目線>で悪質なクレーマへの対応スキルの向上を目指す

  • クレーマー対策は、厚生労働省がカスタマーハラスメントへの対策を取り上げる前から問題にされていて、いろいろな研究や指導が行われてきました。それらは、現場の交渉担当者やその上司がモンスター化しているクレーマーにどう対応すべきか?について行動指針を示す、徹底的に<現場目線>のものです。
  • <現場目線>というのは、徹底的に我が身を守るために自分はどう振舞えば良いのかという行動指針を示しているということです。「社長が基本方針を示さないから駄目なんだ」とか「相談窓口体制がしっかりと出来ていないから駄目なんだ」などと、他者が何かをしてくれることには殆ど期待しません。
  • しかし、このクレーマー対策のスキルの研究も、二つの側面があって少しわかりづらくなっています。一つは、そもそもクレーマーを発生させないスキルの研究。もう一つは自分を苦しめるクレーマーに負けないスキルの研究です。この二つの側面を意識することがクレーマー対策のスキルを身につける上で大切です。
  • 前者の「そもそもクレーマーを発生させないスキル」というのは、顧客等を満足させてクレームを発生させないという意味ですが、言い方を変えればクレーマーになりそうな人に隙を与えないということでもあります。このスキルは、マナー教育とそれを発展させたものになります。
  • 後者の「自分を苦しめるクレーマーに負けないスキル」というのは、いわゆるモンスタークレーマーの動機・心理を想定しながら、理不尽な要求に振り回されず、こちらから能動的にモンスタークレマーをコントロールするスキルです。
  • 本サイトは、後者の「自分を苦しめるクレーマに負けないスキル」を提供するものです。したがって、「マナー教育」については他のサイトや書籍に譲っていますが、「マナー教育」の範囲を超えた「そもそもクレーマーを発生させないスキル」についても言及しています。ただ、<経営者目線>としてのカスタマーハラスメント特有の施策については言及していません。もちろんそのような<経営者目線>の施策も有効なので、それらについては他のサイトや書籍を参考にしていただければと思います。

カスハラ対策が持つ意外な特徴

カスハラ対策には「悪質なクレーマー」という概念が登場しない

  • 厚生労働省が公表している「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」は、企業がカスハラ対策をする上で有効な施策を整理しているとてもよくできたマニュアルです。企業の施策を企画する部門の皆さんにはぜひお読みいただきたいものです。
  • ただ、このマニュアルには「悪質なクレーマー」という概念が登場しません。不思議に感じられると思います。「不当・悪質なクレーム」という概念が登場し、それを「カスタマーハラスメント」だと位置づけているのですが、その「不当・悪質なクレーム」を発する「悪質なクレーマー」という「人」を意識しないのです。
  • 顧客等がいて、そこから「クレーム(広い意味での苦情)」が発せられる。その一部は「正当なクレーム」であり、また一部は「不当・悪質なクレーム(=カスタマーハラスメント)」だと考えます。

カスハラ対策では「悪質なクレーム」を自然災害のように扱う

  • 本サイトはクレーム対策を述べるので、「不当・悪質なクレーム」を発する「クレーマ」とはどういう「人」で、何を目的にしているのかを考え、その「人」に向けてどのような対応をとることが有効かを示すのですが、厚生労働省がマニュアルで示しているカスハラ対策では「クレーマー」という「人」を考えず、クレーム(広い意味での苦情)が、「正当なクレーム」であるか「不当・悪質なクレーム(=カスタマーハラスメント)」であるかを判定して、「不当・悪質なクレーム(=カスタマーハラスメント)」と判定されたら、手順に沿って非常ボタンを押して企業内であらかじめ準備したカスタマーハラスメント対応態勢をとりなさい。という話です。
  • カスハラ対策では、どうして「不当・悪質なクレーム」が発せられるのかについては考えません。天候を見て、今日は雨か晴れかを判定するようなものです。雨ならば運動会は中止、晴れならば運動会を実施と言うように対応を分けるだけだと考えます。
  • 本サイトの理論編をご覧いただいた方はご存知と思いますが、「人」はある時は「不当・悪質」になり、またある時は「正当」になるのです。それは「人」の心理によって動的に揺れ動くものなのですが、カスハラ対策にはそのような視点がありません。そのクレームは「不当・悪質」か「正当」かを静的に判定できるものであり「不当・悪質なクレーム」は自然災害のように降りかかると考えています。正確に言えば、クレームを発する人については全く言及がなく、企業側の対応担当者のマナーが悪いと「不当・悪質なクレーム(=カスタマーハラスメント)」を誘発させると考えます。大雨が降るのは人間が自然環境を破壊したからだ……と言う感覚に近いものがあります。

<参考>【理論編】クレームの構造的理解

カスハラ対策とクレーマー対策の補完関係

カスハラ対策は戦略、クレーマー対策は戦術

  • カスハラ対策では企業のあるべき組織体制を作ります。さらに、カスタマーハラスメント発生時に企業内で円滑の情報を共有してて組織的に対応する流れを明確にします。そして折衝担当者のメンタル面を組織的にサポートする仕組みを作ります。
  • 一方で、クレーマー対策は悪質なクレーマーへの適切な接し方を示します。踏み込んで悪質なクレーマーをどう扱い、できることなら善良な顧客に変わってもらうようにリードする技術を示します。いわば、戦場の戦士の技術です。
  • したがって、カスハラ対策とクレーマー対策は補完的な関係にあります。戦場の技術を十分に理解しなければ、良い組織的な体制は作れません。例えば、悪質なクレーマーがどのような心理でそのような行動をするかということに無頓着で、折衝担当者の接客マナーやコミュニケーション力が不足しているから苦情がこじれて「不当・悪質なクレーム(=カスタマーハラスメント)」が発生していると単純に考えてカスハラ対策をとると、現場の折衝担当者はひどい目にあいます。
  • カスタマーハラスメントが発生するたびに、現場の折衝担当者に不手際があったのではないかと疑われ、再発防止策として反省文を書かされる羽目に陥ります。現場の折衝担当者が社内の相談窓口に相談することは、自分の無能を告白することのようにとらえられてしまいます。相談のタイミングが遅くなって収拾がつかなくなると、現場の折衝担当者が社内で責められることになります。
  • また、現場の折衝担当者のみならず、「現場監督者/相談的口」さらには「本社/本部」で企業としての対応を判断する役割を担う人たちが、クレーマー対策で示される「悪質なクレーマー」がどのような人なのかを理解しないと、折衝の機微を無視した一律の固い対応を現場の折衝担当者に要求してしまい、適切に対応すれば円満に解決するはずの折衝を逆にこじらせてしまいかねません。
  • カスハラ対策は企業として組織的な対応を円滑に行うための体制づくりの戦略であり、クレーマー対策は「不正・悪質なクレーマー」への適切な対応を示す戦術のようなものです。有効な戦術を有効な戦略のなかで使いこなせれば良いのです。本サイトはクレーマー対策に特化したものです。カスハラ対策については別のサイトもしくは書籍を参考にしてください。