【クレーム事例:020】店員の接客への不満 ⇒ 再発防止策を求められるが……
《事例概要》
高齢の母親への店の対応に息子がクレーム ▶ 時間を指定して再発防止策の説明を求められる ▶ 状況を確認をするうちに何がいけないのかよくわからなくなる
- 【クレーム事例:019】の続きです。
- 店員Aが申出人(母)Xに帰っていただいた1時間後にXの申出人(息子)Yが店に電話で苦情を申出ているのですが、申出人(息子)Yの口調はとても落ち着いていました。
- そして、それは不満を述べているのではなく、次のような確認から始まります。
① 店員Aは高齢の(母)Xの背中を押して店から追い出したが、店では店員にそのような対応をするように指導しているのか?
② 店員Aは高齢の(母)Xの話を聞かず、家族に相談しろと言ったというが、店では店員にそのような対応をするように指導しているのか?
- 電話は別の店員Cが受けたのですが「店の指導」という話では一店員が応じられません。すぐにチーフBに取り次ぎ、チーフBが(息子)Yと話をします。
- 冒頭の「確認」に対して、チーフBは当然のことならが否定し、お詫びします。「そのような指導はしておりません。しかしながら、このたびはごお母様に不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ございませんでした。」
- (息子)Y:「それはそうですね。お店が店員にそんな指導をするはずはありませんものね。そんな指導をする店があったら暴力団の店か?って話ですよ。反社になっちゃいますよ。」
- チーフB:「ごもっともございます。」
- (息子)Y:「じゃあどうして店員さんは、母にそんなひどいことをしたの?」
- チーフB:「それは……わかりかねます……何か誤解があったのかも知れません。担当した者に確認して……」
- (息子)Y:「誤解?どんな?よくわからないな。どんな誤解があり得るの?」
- チーフB:「それは……担当した者に確認しませんと……」
- (息子)Y:「確認するのはあなたの勝手ですが、事実は事実ですよ。変えることはできませんよ。母はショックで寝込んでしまった。体が痛いとか疲れたとか言っていた。このまま体調が悪化したらどう責任をとるつもり?」
- チーフB:「お母様には大変ご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした。私の方で状況を確認して適切な対応を取らさせていただきます。少しお時間をください。」
- (息子)Y:「1年前の話じゃなくて、つい1時間ほど前のことだから、確認って言ってもすぐにわかるはずだよ。じゃあいいから、今から4時間後、今日の18時に確認結果とお店の対応について報告して下さい。十分な時間ですよね。ところであなたは誰?店長さんなの?」
- チーフB:「店長ではありません。販売フロアーのチーフです。この度のことは私が責任者として対応させていただきます。」
- (息子)Y:「チーフさんなのね。店長さんじゃないのね。まあいいですよ。今回はBさんを信頼してお願いします。18時に報告を待っています。」
- チーフB:「あ……、ハイ、わかりました。では18時にお電話をさせていただきます。あ……、でも……、誤解があってはいけません。ご自宅に訪問させていただいて、お会いして説明をさせていただきたいと思っているのですが……」
- (息子)Y:「また、誤解?あなたの周りは誤解だらけなんですか?そんな心配はいらないですよ。ちゃんと説明していただければ電話で十分だと思わない?」
- チーフB:「あ……、ハイ、わかりました。それではそのようにさせていただきます。」
- (息子)Y:「何を説明するのか分かってる?」
- チーフB:「え?……私どもの店員がお母様にどのように対応させていただいたかということを担当した本人から確認して……」
- (息子)Y:「大丈夫かなあ。それだけじゃ報告にならないってかわっているよね。店員さんの対応なんて私は母から聞いているのでわかっていますよ。わざわざ報告いただく必要なんかありませんよ。それとも、Bさんは私の母が噓を言っていると思っているわけですか?」
- チーフB:「決してそのようなことはございません。」
- (息子)Y:「それなら、Bさんが私に報告して下さることは二つですよ。会社がそのようにしろと店員さんに指導してないのなら、なんでその店員さんはそんなひどいことをしたのか?という理由が知りたい。これが第一。次にそのような事を再発させないための会社の対応について聞かせていただきたい。これが第二。わかりますね。ここが大切なんですよ。そうでないと母はお宅のお店に行けない。お店に行くたびに寝込まれてはたまりませんもの。わかりますよね。私の言っていること、間違っていますか?」
- チーフB:「ごもっともです。私どもの方で確認し、改めて、いまおっしゃられた内容についてご説明させていただきます。」
- 電話をここで切るなり、チーフBは店員Aを呼び出して、「なんてことしてくれたんだ!」という話になるわけです。
- しかし、チーフBは店員Aの説明を聞くうちに、店員Aは申出人Xの背中を押したわけではないようだと分かります。肩と肘を支えて転ばないようにサポートしていたように思えます。また、話を聞いてくれないのは店員Aではなくむしろ申出人Xの方ではないかと思えてきます。高齢で常識的な判断が難しくなっている申出人Xの話を、常識的な判断ができるご家族に聞いていただかないと埒が明かないという店員Aの気持ちも理解できるような気がします。店員Aの振舞いのどこがいけないのか、どうすれば良かったのかを明確に説明できません。再発防止もなにもありません。
- チーフBは悩んでしまいます。18時に息子Yに説明すると約束した二つの事について、息子Yが納得できるような説明が考えられません。時間は刻一刻と18時に近づきます。
《適切な対応》
本当に手ごわい悪質なクレーマーは冷静沈着で紳士的であったりする ▶ 人が意識して何かをするには目的(意図)がある ▶ 申出人の振舞いではなく目的(意図)に対応する ▶ 申出人の目的(意図)を複数想定する ▶ 申出人が設定するルールに縛られない
本当に手ごわい悪質なクレーマーは冷静沈着で紳士的であったりする
- カスタマーハラスメント対策という見方をすると「従業員が質の悪い顧客(取引先)に嫌がらせをされてメンタルを傷つけられたり業務に支障を来すことを防ぐ」という発想になります。具体的には「罵詈雑言」「威嚇」「物理的時間的拘束」「暴力」「セクハラ」「屈辱的な行動の強要」「悪口(誹謗中朝)」と言ったものが頭に浮かびます。そのような振舞いをする顧客等は確かにひどい人たちです。しかし、そのような顧客等にどう対応すべきかと言えば、結局「お客様!やめて下さい!」と言ってやめてもらうということになります。担当者一人では怖くて負けてしまうかも知れないので組織的にやりましょう。というのがカスタマーハラスメント対策の骨子と言えます。なんとなく、育ちが悪いのか性格が悪いのかで「お行儀」の悪い顧客等の「お行儀」を正す。というような話になってしまいます。しかし、本当に手ごわい「悪質なクレーマー」は「お行儀」が悪いということとは次元が違うところで私たちを追い詰めます。本事例の申出人(息子)Yは、まさにそのようなタイプの手ごわい「悪質なクレーマー」の臭いがします。
- 本当に手ごわい「悪質なクレーマー」は、「お行儀」を咎められるなどというへまはしません。怒鳴ったり、脅したり、まして監禁したりなどしません。ある意味、冷静沈着に紳士的に、時にはこちらの都合に配慮しているかのような、「良い人」風を装います。
- チーフBが訪問しての説明を申し出ても、申出人(息子)Yは、そこまでしなくても良い。電話で良い。と言います。良識のある良い人のような空気を醸し出します。本当に良い人であれば良いのですが、もし申出人(息子)Yが「悪質なクレーマー」であれば、相当にしたたかな手ごわいクレーマーです。
人が意識して何かをするには目的(意図)がある
- 「くしゃみ」や「咳」は意識した行動ではないので本人に目的(意図)はありません。しかし、意識して行う行動にはすべて本人の目的(意図)があります。
- そして、多くの場合、人はその目的(意図)を正直に明かしません。むしろ別の意図があるかのようで振舞って本当の意図を隠したりします。それは良い悪いという話ではなく、そういうものだという話です。人のコミュニケーションの深みと言えなくもありません。
- 人は何らかの望ましい結果を得られることを期待して、何らかの振舞いをするのですが、その「振舞い」と「結果」の因果の予想が人によって異なります。
- 「店員を厳しく怒鳴りつける」⇒「店員から甘く見られない」⇒「店員から良いサービスを得られる」と予想する人もいれば、「店員をリスペクトして店員に気遣いをする」⇒「店員が自分の価値を認めてくれる顧客に自分の能力の限界を提供して満足してもらいたいと思う」⇒「店員から良いサービスを得られる」と予想する人もいます。同じ「店員から良いサービスを得たい」という目的を得るために選択する振舞いは、その人の因果の予想次第であり、人それぞれだということです。
申出人の振舞いではなく目的(意図)に対応しなければ振り回される
- 悪質なクレーマーに振り回されてしまうケースは、申出人の目的(意図)を意識せず、申出人の振舞い(行動、要求)を追いかけるように対応している場合が見られます。
- 私たちが子どものころから受け続けた教育は、出された問題の正解を答える訓練のようなものでした。悲しいかな大人になってもその条件付けから逃れきない傾向があります。なので、申出人が何かを要求すると、申出人が満足する対応をしようとしてしまいます。申出人が不満を述べると自分の何らかの行動を改めて不満を解消しようとしてしまいます。その要求は適切ではない。その不満は適切ではない。とは主張しません。学校で試験を受けた時に「この問題は適切ではない」とは言わないし、先生が不満を発した時に「その不満は適切ではない」とも言わないのと同じです。
- この躾けられた私たちのお行儀の良さを、悪質なクレーマーは巧みに利用します。
- 悪質なクレーマーは、最初から明らかに不当な要求はしません。なんとも言い難い微妙な要求をしたり、なんとも言えない微妙な感情を示します。なんか変だけど「悪質」とは言えない微妙な振舞いに、お行儀の良い私たちは頑張って応じようとします。私たちは悪質なクレーマーの微妙な振舞いに満点の正解を出せば、テストの答案用紙に丸をつけてもらえるように課題は解決するんだと思って、多少無理をして頑張ってしまうのです。
- しかし、その微妙な要求は本当の狙いである悪質な要求の布石になっているのです。悪質なクレーマーは要求を段階的に発展させます。そして、私たちはそれに振り回されてしまうのです。
- そのような状態に陥らないためには、私たちは最初に申出人の本当の目的(意図)を探り、その目的(意図)に対応するように心がけなければなりません。
申出人の目的(意図)を複数想定する
- しかし、私たちは人の心のうちが分かる神様ではないので、申出人の本当の目的(意図)を折衝の初期段階から断定することができません。〇〇かもしれない、✖✖かもしれない、△△かもしれない。という状態です。でも、それで良いのです。〇〇が60%。✖✖が30%。△△が10%。として、どれであっても問題のない対応を選ぶのです。折衝を続けているうちに想定した確率が変わります。70%、30%、0%になって可能性が一つ消え、さらに折衝を続けるうちに、申出人の目的(意図)がハッキリしてくるのです。
- では、本事例で申出人(息子)Yの目的(意図)は何なのでしょう?折衝初期のこの時点では、いろいろな可能性が想定されます。
【目的①】母親が安心して行ける店にしたい。(20%)
【目的②】母親が要求した商品の返品を認めさせたい。(10%)
【目的③】店を揺さぶって何らかの利益を得たい。(70%)
- 申出人(息子)Yが言っている言葉を額面通りに受け止めれば【目的①】の母親思いの息子だということになります。その可能性もあるにはありますが不自然です。確かに申出人(母)Xの要求である返品は認められませんでしたが、それだけのことで、もう二度と店に行けないと思わせるようなひどい態度を店員Aはとっていないからです。
- もし【目的②】であれば、申出人(息子)Yも申出人(母)と同じように返品を要求したはずです。しかし、申出人(息子)Yは返品について何も言っていません。店員の対応が悪くて母親が精神的に傷ついたから、謝罪の意味を込めて返品を認めろと要求を発展させる算段だという可能性もありますが、店の教育体制について問題にするのは話が大袈裟でかつ迂遠です。これも不自然です。可能性は高くありません。
- まだ、断定はできませんが、現時点で最も確率が高いのが【目的③】です。とすれば、申出人(息子)Yが要求する「店の教育に反した行動を店員Aがした理由」と「再発防止策」を丁寧に説明してもこのクレームは解決しません。どんな説明をしても申出人(息子)Yはそれを不十分として、更なる要求を発展させるつもりです。400円の商品の返品以上の利益を得ようとしていると思われます。それはおそらく最低で1万円。できれば10万円から100万円までの利益をねらっている可能性があります。悪質なクレーマーはそれなりに知恵と時間と労力を使います。1万円未満の利益では悪質なクレーマーの立場にたって割に合わないのです。悪質なクレーマーが口火を切った以上、大きな利益を得る目論見を持っている可能性が高いのです。しかし、それがどんな目論見かは、この時点では想像できません。
申出人が設定するルールに縛られない
- 事例ではチーフBは店員Aから事情を聴き、店員Aの対応に余裕がなかったとは言え重大な問題はなかったことを確認しています。そのことでチーフBは頭を抱えてしまうのです。理由は、申出人(息子)Yに満足してもらえる説明ができそうにないからです。チーフBは申出人(息子)Yの要求に応えて満足してもらってこのクレームを解決したいと思っているのです。
- しかし、分かっていないのは店員Aの振舞いではなく、申出人(息子)Yの目的(意図)です。チーフBが確認したいのはそこです。そして、仮に申出人(息子)Yが【目的③】を持っていた場合、どんな説明をしても満足しないで更なる要求をするのです。なので、申出人(息子)Yが満足する説明をする必要はありません。無理ゲーになってしまいます。
- 確率は小さいですが、申出人(息子)Yが【目的①】を持っている孝行息子だとしても、「店の再発防止策」など説明する必要はなく、申出人(母)Xが店に行けないと言っているのならその理由を確認して、それに出来る限りの対応をすれば良いのです。
- また、更に確率は小さいですが、申出人(息子)Yが【目的②】を持っているとすれば、やはり「店の再発防止策」など説明する必要はなく、常識的なルールを説明した上で具体的にどういう調理をされたかとか、別の商品なら満足いただけるとか、コンサルティングのモードに入れば良いのです。
- 【目的①】~【目的③】のいずれを想定しても、「店の再発防止策」を説明して申出人(息子)Yに満足いただく必要はないので、チーフBは悩まなくても良いのです。それは、申出人が自分に都合よく設定したルールに沿った対応をしようとするから悩むのであって、ルールが変であれば、ルールを変更すればよいのです。
- チーフBは、「事実確認の結果、店員Aの対応に大きな問題があるわけではなく、店員の再教育だとか、再発防止策といった話ではないことが分かりました。」とストレートに申出人(息子)Yに伝えれば良いのです。そうすれば、申出人(息子)Yは不満を表明するでしょう。激高するかも知れません。それはそれでいいのです。その不満の表明の仕方を観察することで、申出人(息子)Yの本当の目的(意図)が見えてくるからです。
- 申出人(息子)Yの本当の目的(意図)を明らかしてこそ、「悪質なクレーマー」への対応に迷いがなくなります。