【クレーム事例:019】無茶な要求をして帰らない高齢者を無理に帰らせたら、親族からその対応が不満だと、更に大きな苦情

応接室で接客してお話をしっかりとお聞きする

《事例概要》
道理の通じない高齢者にしびれを切らして対応が雑になる ▶ 親族からその対応がひどいと苦情

  • 【クレーム事例:018】の続きです。
  • 店員Aは相談したチーフBに助けてもらうどころか逆に叱られてしまい気持ちが落ち込みます。高齢の申出人Xには道理が通じないし、チーフBからは「こそをなんとかするのがあなたの仕事でしょう。しっかりして下さい」と無能のレッテルをはられ、板挟みになって孤立している気持ちになります。
  • 店員Aはサービスカウンターで待っていた申出人Xに言わなければなりません。「何度も申しあげているのですが、やはり開封された商品の返品はお受けしかねます」
  • 高齢の申出人Xもまた、繰り返すだけです。「食べられないものなんだから代金を返してもらわないきゃ困る」
  • 「ですから、やはり開封された商品を返しいただいても受け取れないの。それが会社のルールなの、私にはどうしようもないの。おばあちゃん。わかって下さい」
  • 店員Aは、噛み砕いた話し方をしないと伝わらないような気持ちになってきます。言葉が、普段の本音の口調に近づきます。
  • 「何回言われれても無理なの。わかって下さい。おばあちゃん。どうしても分からないなら、ご家族の方にお話して見てください。今日はおひとりで来られたの?」
  • 店員Aは、自分でも何を言っているのかわからなくなってきます。どうにか、申出人Xに帰ってもらいたい。やらなきゃならない仕事が進まない。時間内に仕事が終わらない……。間に合わなくてやり残すと、また文句を言われてしまう……。そういうことで頭がいっぱいになります。
  • 店員Aはカウンターを出て言います。「こういうお話を続けていてもキリがないですよね。会社のルールがあって変えられなんです。私も、ずっとおばあちゃんのお話の相手をしているわけにもいなないってこと、分かっていただけますよね。今日は、お客さまがおくて忙しい日なの。わかる? 一旦おうちに帰られて、ご家族の方とお話されて下さい。ご家族の方ならわかっていただけると思います」
  • そして申出人Xの肩にそっと手をかけ、肘を支えて、出口に誘導します。こんなところで転ばれたら大変です。
  • 申出人Xは店の外に出ても、振替えって、どうしたものかと思案している様子で1分ほどたち尽くし、諦めたように帰って行きました。
  • 店員Aは、申出人Xが帰って行く様子を見て、ホッとしてやりかけていた仕事をようやく再開します。
  • しかし、その1時間後、申出人Xの息子Yから店に苦情の電話が入ります。店員Aの接客がひどすぎるとのこと。
  • 店員Aは、すぐにチーフBに呼び出されます。
  • 店員Aが事務室に入るなりチーフBの厳しい声が浴びせられます。「Aさん。あなたねえ。お客様の背を押して店から追い出したの?今日は忙しいから話を聞けない。家族に話せ。と言って追い出したの?」
  • 店員Aは驚いてしまいます。「いえ……背中を押して追い出したなんてことありません。忙しいから話を聞けないなんて言ってません」
  • チーフBの勢いは止まりません。「でも、お客さんの息子さんがそう言ってるんだよ。息子さんが噓言ってるってこと?」
  • 「いえ……噓言ってるって……そこまでは言ってませんけど……」
  • 「じゃあ本当なんだね。どうしてくれんの。お客さんはお年寄りでしょ。丁寧にしなきゃだめだよ。当たり前でしょ。ケガでもされたらどうすんの?お客さん、ショックで寝込んでしまったって息子さんが怒ってるよ。なんてことしてくれたの。こんなことしろって、私言いましたか?」
  • 「いえ……」
  • 店員Aは、悲しさと憤りと情けなさの入り混じった感情に呑み込まれます。

《適切な対応》
どんな状況でも、ドラマで見事な店員役を演じる俳優に成りきる ▶ 落ち着いて話ができる場を作る ▶ とことん話を聞いて事実関係を推定する ▶ 上司を味方にして会社全体の支援を得る

どんな状況でも、ドラマで見事な店員の役を演じる俳優に成りきる

  • 確かに店員Aの置かれた状況は追い詰められています。申出人Xは何を言っても通じない。上司であるチーフBも冷い壁となって取り付く島もない。誰でも「どうして私がこんな目に合わなきゃいけないの?」と考えてしまうものです。「わたしは悪くないのに……」という不満が心を満たします。高まるストレスを軽減するために、「わたしは悪くない」という物語を作りはじめます。
  • 事例では店員Aは、申出人Xを道理の分からなくなったどうしようもない高齢者として、自分は上から庇護する立場にあるという物語を作ろうとしてしまいます。ダメダメな高齢者に道理を諭している立場に自分を置いてストレスを軽減しようとしてしまいました。言葉のはしはしにその感情が滲んでしまいます。でも、それは苦難を見事に乗り越える朝ドラの主人公が演じる店員の振舞いではありません。
  • 自分が理不尽な目にあっていると思えば腹が立ちますが、しかし、自分が演じている主人公がドラマの中で困難な状況に追い込まれていると思えば腹が立ちません。この困難な状況が過酷であればあるほど、主人公は見事に振舞ってその困難を克服し、国民的高感度を上げ、ドラマは視聴率が高まるのです。さて、その主人公はどう振舞うのでしょう。あなたが脚本家だったら、どんなシナリオを書きますか?そして、あなたはそれをどう演じますか?
  • そう思えば、「おばあちゃん……」などという上から庇護するかのような形をとって自分のストレスを減らそうとする必要はなくなります。自然に「お客様」と言い続けることができるでしょう。申出人Xへのネガティブな気持ちやチーフBへのネガティブな気持ちが消えて、この状況をどう乗り越えるのか?ということを冷静に考えられるようになるでしょう。このことは、クレーマー対応の3つの心得のなかの「心得②:私は役を演じているだけ」で紹介しています。参考にして下さい

落ち着いて話ができる場を作る

  • 高齢の申出人Xをサービスカウンターの前に立たせて、長く惜し問答をするのは良くありません。申出人Xも体力的に辛いでしょうし、その様子を見る他のお客様からの印象も良くありません。他のお客様は話の内容は分かりません。ただ、高齢のお客様が一生懸命に何かを訴えているのに、若い店員がけんもほろろにあしらって帰そうとしているという構図にしか見えません。
  • 店員Aは、話が1~2分で終わらないと思った時点で、高齢の申出人Xを椅子に座らせる必要があります。できれば、応接室等にご案内して他のお客様の目を気にしない状況を作ることが望ましいです。落ち着いた別室で、ソファーに腰をかけていただいて、お茶でもお出ししてゆっくりとお話ができる場を作れば、申出人Xの気持ちも随分落ち着きます。そうすれば、いろいろな本音をお聞きすることができるようになります。

とことん話を聞いて事実関係を推定する

  • 「苦情」を言うということはストレスのかかるものです。ですから、申出人がなんらかの「苦情」を言っている場合は、申出人には勇気を出してそれを言わなければならなかった事情があるのだという事を念頭に置きます。
  • そして、まず、何が「不満」なのかを特定します。筑前煮の芋が固くてまずかった。ということだと分かります。
  • 次にそれが事実であるのかを確認しながら推定します。他のお客様から同様の苦情を受けていれば、ほぼ本当だと推定できます。しかし、他のお客様から同様の苦情を受けたことがなければ、食べ物の固さの好みの問題なのか?申出人の歯の状態の問題なのか?調理の仕方の問題なのか?を聞き出して推定します。
  • 食べ物の固さの好みの問題である可能性があるようなら、それは誰の好みかを確認するようなヒアリングを続けます。
  • また、申出人のご自宅がどの辺りで、どうやって来店されているかを確認します。ご自宅が歩いて20分ほどであれば、ほどほどに距離があります。どうやって、ここまで来られたのかお聞きします。息子さんが運転する車で来られたのなら、息子さんは今どこにいらっしゃるのかをお聞きします。
  • こうしてお聞きしていると、もっともっといろいろなことをお聞きしたくなるので、聞きたいことをとことんお聞きします。お聞きしながら、申出人の心情を察して、適宜共感を入れます。共感をすることによって、申出人は多くのことをお話になります。
  • そうやってとことん話を聞くことで、何が真実かは分かりませんが、確率的に想定できる「出来事の可能性」が浮かびあがります。
  • あくまでも可能性ですが、息子さんが申出人Xに苦情を言わせているのかも知れないと気づきます。そうでないかも知れないし、そうかも知れないと言う話です。もし、そうであれば、その息子さんがなぜ今同席していないのか?という不自然さが感じられます。となると……。いろいろな可能性が頭に浮かびます。
  • 名探偵コナンは「真実は一つ」と言いますが、真実など最後まで断定できるものではありません。出来事はすべて人びとの記憶の中でデフォルメされて残されるからです。すべての出来事は可能性の中で実在するだけです。何か一つの真実を断定するのではなく、現実から目を背けずに考えられる出来事の可能性と影響の積の大きい順に準備を整えるのが精一杯です。 

上司を味方にして会社全体の支援を得る

  • 上司も人の子です。神様でも仏様でもありません。まず、上司には上司の人生があり都合があることを認めます。自分が上司の都合に無頓着でいながら、上司が自分に協力することを期待するのは虫が良すぎます。
  • 相当な人格者でなければ、多くの人は誰でも「自分の手に負えない問題は自分の問題ではない」ことにしたがります。上司も同じです。私たちも同じなのでしょう。
  • したがって、上司の積極的な支援をえるためには、その問題が「上司の手に負える問題である」と上司に思ってもらわなければなりません。
  • しかし、「高齢の申出人Xが無理な事を言って引き下がらない。高齢者であるせいなのかいくら話しても道理が通じない。どうにもなりません!!だからもう、返品に応じてしまっていいですか?400円ぐらいの負担です。いいって言ってください。」と言う気持ちで店員AがチーフBに助けを求めた時に、チーフBの頭には社長が宣言しているカスタマーハラスメントへの会社の姿勢が頭に浮かびます。「理不尽な要求には応えない。すべてのお客様に公平に接する。」とうルールです。ここで返品を認めると社長が宣言したルールに反します。その責任はとれません。かといって、いくら話しても道理が通じない高齢者を納得させて機嫌よくお帰りいただく方法についても分かりません。この問題はチーフBにとって「自分の手に負えない問題」になってしまったのです。
  • そのためチーフBは担当者Aを突き放し、この問題を担当者Aの問題であり自分の問題ではないと宣言するのです。「こんなことは一々相談しなくても自分で判断して行動できるようになって下さい。」「そこをなんとかするのがあなたの仕事でしょう。しっかりして下さい。」という言葉にそれが表れています。チーフBの立場ではクレームが大きくなった時点で「問題は店員Aの異常な行動にあり」とし「自分の指導には問題がなかった」としなければならないのです。本事例でチーフBは、そのような構図になるように強引に店員Aに畳みかけています。
  • ここで、店員AはチーフBのことを「役立たずの糞上司」などと思ってはいけません。そう思ってもチーフBからの積極的な支援は得られないからです。チーフBにはチーフBの人生があり都合があるのだと割り切り、どうすればチーフBの支援と、チーフBを通しての会社全体からの支援が得られるかを考えます。
  • それは難しい事のように思われがちですが、意外に簡単な事です。「チーフBの手に負える問題」にしてチーフBに支援を求めることを考えます。
  • 申出人Xが息子さんの指示で理不尽な要求を繰り返しているから本人への説明が通じないという可能性があり、もしそうであればいくらご説明しても納得が得られない可能性があり、サービスカウンターでの長時間の問答が高齢の申出人Xへの体力面の負担が大きいことと、押し問答のような形が他のお客様から誤解される可能性があることを伝え、応接室にご案内して落ち着いてお話を伺った方が良いと提案します。この提案はチーフBが判断できる問題です。チーフBは当然に了解します。
  • 次に、問題の原因として、起こりうる次の5つの可能性について話を聞きながら探ると伝えます。この提案も今後の対応を決める上で必要な工程なので、チーフBは了解します。

  ① 調理方法が不適切であった

  ② 歯が丈夫でなかった

  ③ 食事の好みが合わなかった

  ④ 息子さんが裏で糸を引いている

  ⑤ 本当に不良品であった

  • 更に、④であった場合、会社側の対応の細かいところを突いて大きなクレームに引き延ばされる可能性があるため、念のために早めに本社の「お客様相談室」に状況を報告しておくことを提案します。問題が大きくなってから報告するより、問題が顕在化する前に一報入れておいた方が良いと伝えます。チーフBは当然にそうすると言います。
  • 更についでに、本社の「お客様相談室」に報告する際に、高齢のお客様がどうしてもお帰りいただけない場合にどのような対応が有効か、他店での参考になるケースはないかを確認してアドバイスを貰うことを提案します。そして良いアドバイスがあれば、応接室で申出人Xと話をしている店員Aを呼び出して指示して欲しい。とお願いします。チーフBはその提案も受け入れます。
  • このようにすれば、店員AはチーフBだけでなく会社全体の支援を受けて、孤立せずに組織として申出人Xに対応できるようになるのです。その後に、息子Yからの接客に対するクレームに発展しても、チーフBには店員Aだけを悪者仕立て上げる必要がなくなり、会社全体の組織的な対応が適切に行われるようになります。