常套手段②-01:複数部署にクレームを入れる。

  • 申出人が購入した商品の不具合の苦情を申し入れたとしましょう。まず最初に販売店であるあなたの部署に電話を入れます。不具合の内容を確認するために明日担当者を訪問させるという約束をします。
  • その直後に申出人は本社のサービスセンターに電話をします。すると、取り急ぎ代替品を手配する。担当の販売店から本日中に電話をさせると約束します。
  • サービスセンターから連絡をうけた販売店では、同じお客様であると分かったため、明日担当者が伺うという具体的な約束をしている自分たちの電話対応がサービスセンターの電話対応の後だと思い、改めて電話をしません。
  • 申出人は、翌朝、二つのことを問題にして販売店にクレームを入れます。
  • まず、お客様の手元にある商品に不具合があってご不便をおかけしている場合は、ご不便を感じる時間をできるだけ短くするために、商品の保証期間中であれば、すみやかに代替品の手配をすることが、社内のルールになっていてサービスセンターはそのルールに基づいて手配してくれたのに販売店がそのルールを破り、私に意地悪をした。と罵られます。
  • 次に販売店では、サービスセンターから本日中に申出人に連絡をするようにと指示を受けながら、それを無視した。私は待っていたのに…、私をないがしろにした。と罵られます。
  • あなたはとても大きな失敗をしてしまったような気になってしまいます。ひたすら不手際をお詫びして許しを乞うしかないような気がしてしまいます。この苦情をどのように収束させたらよいのか?よくわからなくなって、あなたは余裕を失います。
<対応策>
  • これは、複数部署に申し入れて、部署間の連携ミスを誘ったり、説明内容の違いを咎めたりする典型的なクレーマーの常套手段です。
  • 特徴は、他の部署にも申し入れたという事実を隠すところにあります。そもそも申出人はサービスセンターに2回目の電話をする必要がないのです。あえて電話をするにも「先ほど、営業所にも電話したんだけど、~と言われた。」と最初に言えば何の問題も発生しませんでした。
  • この常套手段への対応は一つです。申出人との折衝の窓口はあなただけだと宣言し、他の部署にもそのことを周知し、申出人が他の部署に電話をしても、あなたに転送するようにします。
  • 「当社内での連絡に行き違いが生じてしまい、申し訳ありませんでした。このようなことがないように、これからはお客様からのお申し出は私が承りますのでよろしくお願い致します。」と明確に伝え、現時点で判断できるベストな対応を提案すれば良いのです。行き違いに対する言い訳はほとんどしなくて問題ありません。突き詰めると、「そもそもお客様、私たちを嵌めましたね。」ということになってしまうので触れなくて良いのです。

常套手段②-02:「A係長が言った」「B課長から聞いた」と会社側を混乱させる。

  • 申出人はあなたの会社が提供したサービスに不満があって苦情を申し入れています。あなたは、当然の手順として事実確認をさせていただくと言います。ところが、申出人は意外なことを言います。「お宅のAさんが、すぐに全額返金すると言った。すぐに返金してくれ。俺の銀行の振込先の番号は……」
  • A係長は折衝責任者ではないのですが、昨日、申出人からの電話を最初に受けていました。あなたはA係長がなぜそんなことを言ったのか分かりません。A係長は外出中で夕方にならなければ帰ってきません。
  • あなたは申出人に言います。「返金できるかどうかは、状況を確認しなければ分かりません。まず、事実の確認をさせて下さい。」
  • 当然のように、申出人は激高します。話が違う、俺を騙したのか。許せない。あなたは追い詰められたような気持ちになります。A係長が恨めしくなったりします。とにかくA係長に話を聞いてからだと思い、あなたは申出人にお詫びをして、本日の夜、改めてお電話をさせていただきたいと時間を稼ぎます。
<対応策>
  • 多くの場合、あなたの同僚のA係長はそんな不用意な約束をしていません。申出人が言葉尻をそのように解釈しているだけです。人は自分が聞きたいように言葉を解釈するものです。
  • 申出人はあなたの会社内での信頼関係を揺さぶり、協力体制を崩すことを狙っています。あなたがA係長を問い詰めるようなことをすれば、あなたの組織の人間関係がギクシャクして足並みが乱れます。申出人はそこにつけ入ろうとしているのです。
  • 申出人が言う「A係長が言った」という言葉に囚われないことが肝要です。本当かどうか分かりませんし、本当であろうとなかろうと、正しい手順が変わるものではありません。A係長が何を言ったかなんて、本当はどうでも良いことなのです。常にその時点でベストな対応をするという鉄則を守るだけです。事実確認が十分でなければ会社としての「提案」はできません。正しい手順を進めるだけです。
  • 申出人は、常套手段が不発に終わって不満でしょう。それなりに騒ぐかも知れません。気にしないことです。
  • 仮にA係長の話し方に隙があって危険だと気づいたなら、本件のクレーム対応とは別に切り離して、落ち着いたタイミングでアドバイスすれば良いことであって、申出人が大騒ぎをしている最中にその原因を社内の誰かに押し付けるのは害あって益なしです。

常套手段②-03:前例を引き合いに出して同様の対応を要求する。

  • 「以前にしてもらった」「知人がしてもらった」だから同じようにしろ。という要求です。
  • その前例が何年前かよくわかりません。何年も前であれば社内のルールも緩やかで、本当にそのような対応をしたケースがあったのかも知れないと、あなたは思います。
  • あなたは、今の社内のルールでは認められないその要求を断わりづらくなります。
  • 以前に特別に認めた前例があったのかも知れません。あなたは、その前例を確認したくなります。「以前というのはいつのことでしょうか?」「知人とおっしゃられる方は、どなたでしょうか?いつのことでしょうか?」ときいてしまいます。
  • 「以前は以前だ。何年何月なんて覚えているわけないだろう。」「知人は知人だ。名前なんか言えるか!個人情報だ。」とか「会社に記録があるだろう。お前が調べろ。」と言われて、あなたは行き詰ってしまいます。
  • 申出人が主張する「前例」が気になっている時点で、あなたは申出人の術中にはまっています。
<対応策>
  • 前例なんか関係ありません。本当にあったことかどうかも怪しい前例など確認する必要もありません。今のルールで認められないものは認められないのです。
  • 「お客様。申し訳ありませんが、そのような取り扱いは現在行っておりません。」の一点張りで十分です。
  • 申出人は簡単には引きさがらず、「以前、そうしていたんだ。ちゃんと調べろ。」と言われるかも知れません。「調べても、今のお取り扱いが変わるものではありません。ご了承下さい。」で十分です。
  • 大切なことは、いくら揺さ振ってもびくともしないんだと申出人に諦めさせることです。期待を持たせるような言葉は一切使いません。

常套手段②-04:「文書をよこせ」「一筆入れろ」と要求する。

  • 「念書を書け」「謝罪文を提出しろ」「今日話したことを文書にまとめろ」など、いろいろな文書を要求されることは少なくありません。
  • 文書となると何年も記録に残るので、あなたは躊躇します。誰の名前で文書を提出するかでも悩んでしまいます。
  • あなたは折衝担当者として噓を言っているわけではないので、これまでに言ったことを文書に改めて記載して申出人に渡すことを渋る理由はないように思えてきます。むしろ、文書に記録することを拒むことのほうが道理ではないような気がしてきます。
  • 文書の提出に応じるか否かは会社の方針に従うものですが、文書は切り取られた形で悪用される恐れがあることを覚悟する必要があります。
<対応策>
  • 申出人が文書の提出を求める理由は、多くの場合、合意の証跡を文書で残したいという理由ではありません。
  • 折衝の場で、相手に文書を作成して提出させる立場と、相手に命令されて文書を作成して提出する立場には差があるので、自分を殊更に優位な立場に置こうとして、二言目には文書、文書…と言いたがる申出人がいます。これは、自分を偉そうに見せたいという心理に基づく要求です。
  • 次に、会社として文書の提出する以上、折衝担当者のメモ書きというわけには行かないので、相応の役職者の名前で出すことになります。結果的に「上の者を出せ」という要求が通った形になります。これも、申出人が自分を偉そうに見せたいという気持ちを叶えるものになります。
  • さらに、会社として文書を提出する際には、社内での多くの人のチェックを経ることになり相応の時間を費やします。会社で決められた手順に基づくものですが、場合によっては弁護士の見解まで取ることになります。この手間のためにあなたは時間を使うことになり、あなたの余裕が失われるという結果になります。
  • そして提出された文書は、申出人があなたの対応の粗を探す道具にされる場合が殆どです。申出人は、何かの不整合を時間をかけてゆっくりと探すことができるのです。そんな道具を申出人に提供する義理はありません。
  • 以上を踏まえ、あなたが折衝担当者として合意の証跡を残すために必要だと思うもの以外、文書の提出は原則としてお断りします
  • 「○〇様とはこのようにお話をさせていただいております。あえて文書にするまでもありませんのでお断りします。」とあっさりと断ってしまえば良いことです。細かく理由を説明するのではなく、その必要がないと言うだけで十分です。そう言って断れば、文書に残さなければならないという理由を申出人が考えてあなたを納得させなければならないという関係になります。
  • そこで、もっともな理由を説明されてあなたが納得すれば別ですが、多くの場合は申出人の狙いは自分を偉く見せたいとか、あなたに手間暇をかけさせて余裕を奪いたいとか、表現の隅々までじっくり確認して何等かの不整合を見つけたいと言った理由なので、申出人はあなたを納得させることができません。

常套手段②-05:交渉経緯自体の詳細な文書による記録の提供を要求する。

  • 「そちらはこの会話、録音しているんだろう?サービス品質向上のために録音していると言ったよな。この会話、文章に起こして明日の午前中までに送れ。電話で話をしたのは、今日だけじゃないよな。過去3回分の録音を起こしてすぐにこっちに送れ。」と言うような要求になります。場合によっては、折衝が数年にわたるものの全ての記録をもれなく整理して提出しろという場合もあります。理由は、うちの弁護士に確認させるから。とか、相談している人に正確に説明するため。とか、誤解のない話し合いをするため。とか、それなりのことを言われます。
  • あなたは、そのような理由なら断れないと思い、膨大な時間をかけて記録を整えます。ほかの業務がそっちのけになります。丹念に記録をほぐしながら、過去のいろいろな場面で、あの時こう言えばよかったというような後悔と、えも言われぬ怒りが湧きあがります。でも、それをぐっとこらえます。
  • ようやく出来上がった記録を申出人に提出すると、きまって「俺はこんなことを言っていない。お前は曲解して噓の報告書をでっちあげている。書き直せ!」と怒鳴られ、あなたのストレスは限界に達します。
<対応策>
  • あっさりとお断りして構いません。そもそも、折衝の記録は自分でとるものであって、折衝相手にとらせるものではありません。
  • 断る理由をくどくどと説明する必要もありません。要求されるたびに、今の折衝の状態を端的に整理して口頭で説明するだけで十分です。
  • 過去の記録を正確に提出しろと言われてもそれに構わず「私どもが先週の水曜日に提案させていただいた対応について、〇〇様がご了解いただけるかどうかというところです。私どもがそのような提案をさしあげた理由は、何度もお伝えしているので改めて申し上げるのも恐縮ですが、………です。改めて整理するものではありません。」という対応で良いのです。
  • この常套手段に限らず、申出人はあなたに何かを「命令」します。「命令」されるとそれが出来るかどうか考えてしまうのが人の性ですが、そもそも折衝は命令を承るものではありません。申出人が命令口調で言ってもそれはあなたへの依頼です。依頼を受けるか断るかはあなたが判断することなのです。過剰な記録の提出要求は、基本的に断るべき依頼だということです。