【クレーム事例:010】たらい回しにしやがって、馬鹿にしてんのか!税金泥棒が!と罵られ……

窓口たらい回しの図

《事例概要》
市役所で案内された窓口が間違っていた。たらい回しにされたと怒り。▶ 罵詈雑言。特別な対応要求。

  • 市役所の申請受付窓口でのトラブルです。
  • その申請受付窓口は込み合っていて、機械で発券される番号券をとって20分ほどお待ちいただいた50代の男性市民Xが窓口に提出した書類は、一つ上の階で受け付けるものでした。
  • 受付担当者Aは、受付窓口が違うことを説明して別の階の窓口をご案内したところ、申出人X(市民)は少し立腹された様子で言います。
  • 「それは無いよね。私は最初に上の階に行ったんだ。窓口が混んでいて30分待ちだというので、間違えちゃいけないと思ってそこにいた職員に聞いたんだ。窓口はどこか?って。そしたら、一つ下の階のここだって言われたんだ。それで、番号札をとって大人しく待っていて、これはやっぱり上の階ですって言われて、はいそうですか。って、また上の階に行けっていうのか?あなたは。」
  • 「申し訳ありませんが、担当の窓口にご提出いただくことになります。」「で、私はこれからまた上の階に行って、混んでいる窓口で待たされるっていうのか?」「申し訳ありませんが……」それを聞いた申出人Xは激しく怒ります。
  • 「ふざけるな!たらい回しにしやがって、人をなんだと思っているんだ!馬鹿にしてんのか!」
  • 「誠に申し訳ないのですが、そのようにして頂かないと……」受付担当者Aは困ってしまいます。困ると同時に自分が何で謝っているのか?何も悪いことをしていないのに。と思ってしまいます。
  • ただでさえ、窓口は混んでいるのです。待っていらっしゃる他の市民の皆さんもイライラされている様子が伝わり、受付担当者へのストレスとなっています。早くお待ちの方の手続きを終わらせたい。待合のソファーに人がたくさん座っている状態を解消させたい。窓口を間違えて申請書を提出してきた人の相手をしている暇はないんだが……という気持ちが湧いてきます。本当に申出人Xは上の階で間違った案内をされたんだろうか?そんな間違いをする職員がいるのだろうか?申出人Xの言っていることは本当なんだろうか?という疑問が頭をよぎります。
  • 「失礼ですが、お客様。上の階のどなたにお聞きになったのでしょう?」
  • 申出人Xは、一瞬ビックリした様子で黙ります。1~2秒の沈黙の後、申出人Xは怒りを爆発させます。「名前なんか知っているわけないだろう。職員だよ職員。えらい混んでいたからそこにいた職員に確認したんだよ。窓口はここで間違いないか?って。そしたら下の階だって言うだよ。あなたねえ、私が噓を言っているとでも思っているの?」「そういう訳ではありませんが……」「そういう訳じゃないって、あんた何言ってんの?疑ってないなら何で上の階で説明した職員の名前を聞くんだよ。」「……」
  • 「聞いてんだよ。答えろよ。」「……」「どういう訳なんだよ。」「念のためにお聞きしたまでのことで……」「答えになってないだろう。わかんないのかそんなことも。税金泥棒って言われるぞ!」「申し訳ありません。」
  • 「俺は急いでんだ。役所でこんなトラブルに巻き込まれるとは思ってなかったよ。時間がないんだ。窓口が違うなら、あんたが今すぐこの書類を持って上の階で手続きをするか、上の階の担当者をここにすぐに呼んで手続きをさせろ。」「それは……」
  • 「急いでるって言ってるのが聞こえないのか?この役所に来て、上の階で案内されて、こっちに来て、いままで40~50分かかってるぞ。この仕事を早く片付けて次の仕事をしなきゃいけないんだ。いつまでかかるんだ。次の仕事が間に合わなくなったら、その責任、取れるのか?」「それは……」
  • 受付担当者Aは困り果てます。自分は何も悪い事をしていないのに、なんでこんなにぼろかすに言われて、お詫びを繰り返すしかないのか?誰が悪いんだ?

《適切な対応》
共感 ▶ 条件付きお詫び ▶ 未確定事実は申出人の言う通りだと仮定 ▶ 対応策決定 ▶ 再発防止が本当の終わり

共感しなければお詫びにならない

  • お詫びを言うことが目的ではありません。共感することが大切なのです。共感すれば自然にお詫びになります。「苦情対応はまずお詫びだ。」と指導されることがあります。確かにその通りなのですが、共感しないでお詫びしてもお詫びになりません。
  • 受付担当者Aは「申し訳ありませんが…」と言って形ではお詫びしています。「申し訳ありません」は立派なお詫び言葉です。しかし、このお詫び、全く効果がありませんでした。理由は受付担当者Aが申出人の不満に共感していないからです。「申し訳ありません…」と言っていますが、何に対して申し訳なかったのか分かりません。おそらく受付担当者Aも分かっていません。単に枕詞のうように口にしただけです。慇懃無礼な印象すら与えかねません。
  • では、受付担当者Aは何に共感すれば良かったのでしょう?「【実践編】即効テクニック/Stage③傾聴に徹する/テクニック③-4:共感なくして傾聴なし」を思い出して下さい。事実関係が分からず、対応方針も決まっていない段階での共感は、「何も約束しない」「何も了解しない」形で行わなければなりません。難しそうに思えますが、全く難しくはありません。条件付きで共感すれば良いのです。「お客様のおっしゃる通りであれば、それはひどい話です。私がお客様の立場であれば私も腹が立ちます。」と共感を言葉にします。そうすると自然に次の言葉が続きます。「ご面倒をおかけして申し訳ありませんでした。」これが相手に伝わるお詫びです。
  • ところが、受付担当者Aは申出人X不満に対する共感がなく有効な謝罪ができないまま、あろうことか申出人Xに対して事実確認を始めました。事実確認をするということは、申出人Xが言っていることを疑っているということです。申出人Xにしてみれば、ひどい目にあった上に、そのことを訴えたら、なんと嘘つき扱いをされた。となります。普通の感情を持った方なら怒ります。

<参考>【実践編】クレーム対応 即効テクニック/Stage③:傾聴に徹する

事実確認に時間をかけられない場合もある

  • 事実確認ができない段階では、申出人の言っていることが本当である可能性がある限り、本当のことだとして対応します。それがリスク管理上安全だからです。
  • 本件場合は、申出人Xの不満は会社側の不手際で手続きに時間をかかり過ぎるということです。1分でも1秒でも早く手続きを終えたいと思っています。申出人の不満に共感していれば、そこを間違えることはありません。
  • そんな時に、事実確認などに時間を費やしている場合ではありません。上の階の誰が申出人に何を言ったのかなど、申出人の不満を解消してからゆっくりやれば良いことです。そして、上の階の誰かが申出人Xにミスリードをする可能性が全くないとは言えません。だから、それは本当だという前提で対応します。

<参考>実践編】クレーム対応 即効テクニック/Stage⑥:真実を確認する

要求の合理性を判断する

  • どんなに急いでいる場合でも、手持ちの情報を使って「要求」の合理性を判断します。それは「顧客」か「クレーマー」かを識別するものであり、対応が全く変わるからです。
  • 本件では、申出人は「会社のミスリードで下の階で無駄に待たされた。もう一度振り出しに戻って上の階で待たされるのは厭だ。」と不満に思っています。具体的な要求は示していません。なんかうまくやって欲しい。ということです。合理的な不満に対する合理的な要求の範囲です。申出人はこの時点では「顧客」です。会社は「顧客」の不満に対してできるだけの対応をすることになります。

<参考>【実践編】クレーム対応 即効テクニック/Stage④:相手を見極める

適切な対応を考えて提示する

  • 申出人Xは一回番号札をもって待っています。会社のミスリードでこれを2回させるわけにはいきません。ただそれだけです。
  • 受付担当者Aはすぐに上司である係長Bに事情を説明し、係長Bが申出人Xを上の階にご案内し、上の階の係長Cに事情を説明し、申出人Xに待たせずに次に窓口が空き次第、すみやかに対応させていただく。と言うのが適切な対応と考えます。
  • 受付担当者Aは、申出人に言います。「申し訳ありませんでした。上司と相談させて頂きます。少しだけこのままお待ちください。」と言って、係長Bに説明します。係長Bは内線で係長Cに事情を話し協力を依頼します。係長Cは窓口担当者に新しいお客様との対応に入らず、下の階から上がってくる申出人Xを待つように指示します。
  • この話がついたところで、受付担当者Aは申出人Xに説明します。「大変申し訳ありませんでした。ただいま、係長Bがお客様を上の階にご案内します。上の階では、今対応しているお客様が終りましたら、すぐにお客様の申請書類をお受けする手はずが整っております。この度は私どものご案内に不手際があったようで誠に申し訳ありませんでした。」
  • 申出人Xがこの対応の提示に不満であれば過剰な不満です。しかし、多くの場合はこの対応で申出人は満足します。

<参考>【実践編】クレーム対応 即効テクニック/Stage⑦:対応を決定する

<参考>【実践編】クレーム対応 即効テクニック/Stage⑧:結果を提示する

「顧客」を「クレーマー」にしない

  • 上記の事例概要の後半では、申出人Xは怒りをコントロールできなくなり、罵詈雑言を吐き、次の仕事が間に合わなくなったら責任を取れるのか?とまで言い始め、ほぼ「クレーマー」になりかかっています。その損害を補償しろ!と言えば完全な「クレーマー」です。考えてみて下さい。もし申出人Xが「クレーマー」になってしまったとしたら、誰がそうしたのでしょ?
  • 生れついての「クレーマー」という人はいません。「【理論編】構造的理解/第5講:クレーマーとは」を思い出して下さい。申出人Xは危ないところまで来ていました。申出人Xは自分の不満に対する会社の対応に満足できなければ、なんとかして満足できる解決を得ようとします。怒りに囚われている状態であれば、ありとあらゆる理屈を並べて、会社をギャフンと言わせたくなります。それが一線を越えて「クレーマー」になってしまうのです。
  • クレーマー対応の肝は、「顧客」を「クレーマー」にしないこと。「クレーマー」を「顧客」にすること。に尽きると言っても過言ではありません。

<参考>【理論編】クレームの構造的理解/第5講:クレーマーとは

申出人が満足すれば終了……ではない

  • クレーマー対応の目的は、クレームを黙らせることではありません。本件では適切な対応をすれば、申出人Xを「クレーマー」にさせずに「顧客」のままで、会社(役所)の対応にそれなりの満足をしていただくことができます。しかし、これで万々歳というわけではありません。
  • 事実確認ができていないので、再発防止策が分からないままです。このままでは、対処療法にだけで根本治療にはなりません。
  • 事実確認のタイミングは、申出人を安心させてからです。係長Bが申出人Xを上の階にご案内している時に、「この度はご迷惑をおかけしました。今後このようなことがあってはならないので必要な指導や手順の改善を図りたいと思います。お客様、こちらの階の誰に窓口の案内を受けられましたか?いま、その者はおりますか?」と聞き始めます。そう言われて怒りだす申出人はいないはずです。そして、その返答内容で事実が浮かび上がります。
  • 事実確認が出来れば、申出人にお帰りいただいた後で、じっくりと必要な対応して、それを持って本件は終了です。