【クレーム事例:005】コロナ禍で訪問営業とは何事か!とのお叱り。

訪問営業の図

《事例概要》
コロナ禍での訪問営業に不安 ▶ 会社の感染防止策を説明するも納得いただけない

  • これはコロナ禍で緊急事態宣言が出され、飲食店の営業自粛が行われていた時の苦情です。テレビでは連日、新型コロナ感染症への警戒を促す報道が繰り返されていましたが、発症者の数はそう多くなく、企業は社内に発症者が一人でもでればHPに公表できていた頃でした。
  • その会社は、お客様のご自宅に訪問するという営業スタイルを何十年も続けていました。営業員の訪問活動をストップすれば営業成績が大きく落ち込むことが十分に予想できるビジネスモデルでした。
  • そこで、その会社は営業員の健康管理を徹底し、毎朝自宅で体温を測らせ、体温だけでなく喉の痛みなどの異常が全くない場合だけ出社を許し、さらに会社でも朝礼前に体温を測り、体調に異常がないことを確認したうえで、当日の営業活動を行わせるようにしていました。
  • 苦情の電話は、匿名でサービスセンターに入り、そこからお客様相談室に転送されました。
  • 申出内容は、「昨日、お宅の営業員が私の留守の時に来て、パンフレットと名刺を投函していった。この時期に営業しているとはどういう事だ。日本中が自粛している。お宅の会社は非常識だ。うちには小学生の子どもがいる。もし子どもが留守番をしている時だったら、インターホンを押されて子どもが応対していたではないか。お宅の営業員が感染していないって保証はない。とても怖いので、うちに訪問するのは止めて欲しい。」とのことでした。
  • サービスセンターのオペレーターは、会社が感染防止に万全を期しており、営業員が感染していることはないので安心していただきたい。と、会社の安全対策を詳細に説明するのですが、申出人は激高する一方で、やむを得ずお客様相談室の相談員がお電話を引き継ぎます。

《適切な対応》
リスク・ゼロに囚われると不安が消えない ▶ 不安に共感する

クレーマーでなく顧客なら、満足いただけるように最善を尽くす

  • 最初にお断りしておきますが、このお客様はクレーマーではありません。要求が理不尽ではないからです。クレーマーでなければ、大切な顧客です。なんとしても、ご満足いただかなければなりません。ご満足が無理としても、ご不満を出来るだけ和らげたいものです。けして、折衝決裂という状態で終わらせてはいけません。
  • しかし、理不尽でないとはいえ、お客様の「うちには訪問しないで欲しい」とのご要望を叶えることはとても難しいのです。お客様は匿名です。ご住所をお聞きしても拒絶されます。「なんで私の住所を言わなきゃいけないの?」と拒絶されるお客様のお気持ちはよくわかります。
  • 会社は、状況によっては全国の訪問活動を完全自粛するということも選択肢に入れているのですが、その時点の状況判断から、営業員の健康管理の徹底と、訪問先のお客様の要望に従うことの徹底という方針で、訪問営業を継続していました。

申出人の不満は合理的か?

  • 順序だてて考えます。まず申出人の不満は合理的でしょうか?
  • 新型コロナ感染症の恐ろしさを連日、ほぼ終日、テレビで警鐘を鳴らしている頃です。申出人がとても怖い思いをされていることは容易に想像がつきます。
  • 科学的な根拠云々について多様な考えがあることは事実ですが、申出人が「営業員が自宅に訪問したことが怖いこと」だと感じ、不満を表明されることは合理的です。

申出人の要求は合理的か?

  • 申出人の要求は「新型コロナの感染が拡大している中ではうちには訪問しないで欲しい」とのことです。これも、不満に対応する要求としては、とても合理的です。
  • ここで、社長からの直接の謝罪をさせろ、慰謝料〇〇〇万円支払え、というような要求を、たまたまの勢いではなく本心から言い出せば、その申出人はクレーマーですが、今回の事例の申出人はクレーマーではなく、大切な顧客です。

リスクゼロの保証・証明は無理。無理なことをしようとすれば信用を落とす

  • サービスセンターのオペレーターが陥った落とし穴なのですが、オペレーターは申出人の不安に対して、そのリスクがない事を説明しようとしました。しかし、申出人の不満は大きくなるばかりで逆効果でした。
  • 営業員に毎朝、体温、体調を確認し、感染していないと思われる営業員だけを訪問活動に向かわせていると言っても、発症前の潜伏期間かも知れません。営業員は複数のお宅を訪問するので、朝は感染していなくても、途中で感染しているかも知れません。リスクゼロの保証・証明はできないのです。
  • 申出人は、新型コロナ感染症をとても恐れており、家族を感染させてはならないと強く思っています。そのような申出人に、営業員の健康管理を徹底していますといくら説明しても、「そんなの不十分じゃないの!」となります。リスクゼロを求めるならば、申出人の言っていることは正しいです。確かにリスクゼロにはならないので不十分です。その不十分な対応について説明して、だから安心して下さいと言うサービスセンターのオペレーターは、申出人から見ればしょうもない言い訳をして誤魔化している。私がこんなに怖い思いをしていることを理解しようともせず、会社のマニュアル通りの言い訳を繰り返して私をけむに巻こうとしている。と感じられます。不満がますます大きくなり激高されるのは当然です。

リスク管理はリスクをゼロにすることではないが、その話をする場ではない

  • そもそも、人はリスクゼロを追求すると生きていくことはできません。人はある程度のリスクを見極めてそのリスクをコントロールして生きています。風呂に入れば、毎年何人かは怪我をし、時に亡くなります。餅を食べても毎年何人かは亡くなります。リスクをゼロにしようとすれば、それらを禁止することになります。麻薬を禁止するのと同じように風呂と餅を禁止することになりますが、それはおかしな話です。リスクの発生可能性とリスクが発生した場合の損害の積の大きさと、リスクを回避するために失う利益の大きさを比べてコントロールするのがリスク管理です。
  • そういった意味で、営業員が訪問先への感染経路になる確率を極力抑えてコントロールしようとしている会社の方針は間違っていないのですが、そういう説明では申出人の不安は解消されません。申出人とリスク管理について議論する場ではないのです。
  • かといって、申出人も「世の中の風呂と餅を禁止しろ」というような極端な事を言いたいわけでもありません。ご自身が感じている不安を和らげたいのです。安心したいのです。

リスクゼロに囚われるほど不安を感じている申出人には、その不安に共感することで少しでも安心を感じていただく

  • 申出人のお気持ち次第ですが、リスクゼロを追求するほど不安を感じている申出人に、リスクはゼロじゃないですけど大丈夫ですよという説得は成り立ちません。そのような説明が社内のマニュアルには書かれて周知徹底しろと言われることが多いですが、そのマニュアル通りに説明すれば火に油です。
  • そのような場合に有効な折衝は、ただ一つです。リスクをゼロにすることができれば良いのですが、それができないということを正直に認めて、一緒に不安になるのです。社内にある本当の緊張感を正直に申出人のお伝えて、一緒にドキドキするのです。ある意味、とても正直に接するのです。
  • 例えば、このようにお伝えします。「お客様のおっしゃるとおりです。万が一、私どもの営業員が訪問中のどこかで感染して、続いて訪問したお客様に感染を広げてしまっては、とんでもないことです。そんなことが起きてはいけない、起こしてはいけない。と私ども社長をはじめ役員たちは、毎日危機対策本部の会議を開き、それまでに収集した情報を全て集めて、毎日毎日、明日からどうするのかの判断をしています。いまのところ、感染した営業職員が訪問に回ることはなく、まして訪問先のお客様に感染を広げたということはありませんが、これから更に感染が拡がりその兆しが少しでもあれば、すぐに会社の方針を改める態勢で、毎日ドキドキしながら過ごしています。当然ですが、感染実績だけではなく、多くのお客様のお気持ちも大切にさせていただいています。お客様おひとりおひとり、それぞれお気持ちが異なります。多くのお客様がどのように不安を感じておられるのかも、私どもの会社の経営判断にはとても大切なことです。今日、お客様からのご不安のお気持ち、必ず経営に届けます。そういう仕組みが出来ております。多くのお客様がどのようにお感じになっているのか?国内の感染の広がりはどうなっているのか?社内はどうなっているのか?最新の情報を集めて、経営の判断を行っています。お客様のご不安なお気持ちを伝えていただき、ありがとうございました。」
  • 以上のことはすべて本当のことで、正直な気持ちでもあります。そして、申出人の不安を理解していて、会社としても不安感じ、緊張感を持って対応してるということを伝えています。このとき、営業員の体温と体調を毎日チェックしているなんでいう言い訳がましく聞こえることは言いません。まったく言わなくてもいいのです。申出人は会社にちゃんとやって欲しい、ちゃんと危機意識をもって対応して欲しいという気持ちで苦情の電話をされているのです。会社が持っている緊張感をリアルに伝えれば、多くの申出人は少し安心されます。
  • 「住所は言えないけど、うちには訪問しないで」という申出人の少し無理な要求は、申出人が会社の緊張感を理解して少し安心すると、内容が変わることが多いです。「インターホン越しで断ったら、必ずすぐに帰って下さい。」とか「子どもが出た時は、玄関先に出させないで下さい。」とか「了解を得ずにパンフレットを投函するのは止めて下さい。」という、ご住所を聞かなくても対応できる現実的な要求に変わります。または、要求自体がなくなって、「お宅がちゃんとしていることが良く分かった。良い会社だ。安心した。こんなことになって、お宅の会社も大変だろうが、これからも頑張って欲しい。」という激励を受ける場合もあります。

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