【クレーム事例:008】事実が確認できない……

事実確認拒絶の件

《事例概要》
販売員に事実を確認するも、販売員が怒ってしまい協力が得られない。

  • 【クレーム事例:007】の話が続きます。
  • 申出人Xとの電話を切った受電者Aは、すぐに上司である課長Bにこれまでの申出人Xとのやり取りを報告した上で事実確認を開始します。
  • 販売員Pは本当に申出人Xが言うような失礼なことをしたのか?を確認しようと思い、販売店の販売員Pに電話をして申出人Xから言われたことを伝えます。
  • すると販売員Pは突然に怒りだします。自分がそんないい加減な対応をするわけがない。自分は販売店ではトップの販売実績を上げている。たくさんのお客様が満足してくれるからそれだけの実績があがるんだ。営業の経験もないくせに客の言い分を真に受ける馬鹿がいるか!と受電者Aは怒鳴られます。
  • 受電者Aは困ってしまいます。申出人Xはでたらめなことを言っていたのでしょうか?せめて認知症呼ばわりしたかどうかの確認をしなければ話にならないと思い、「お客様はPさんがお母さまのことを認知症だと言ってとてもご立腹なのですが、そのようなことをおっしゃいましたか?……おしゃってません……よね」と恐る恐る訊ねます。
  • 販売員Pはますます怒って、「そんなこと言うわけないじゃないか!あなたねえ、営業の仕事にしている人間がお客様に、あなたは認知症だ、なんて言うわけないでしょう。常識で考えて分かんないの?こっちは営業でちゃんとやってんだよ。あなたもねえ、電話を受けるのが仕事ならちゃんと電話をうけなさいよ!いいなりになってんじゃないよ!」と言って電話を切ってしまいます。
  • 受電者Aは途方にくれます。誰の言っていることが本当なのでしょう?もう一人の本人である母親Yに直接確認するしかないのか?と思いつつ、上司である課長Bに報告します。課長Bは困った顔をして、母親Yに直接確認するのは良くないと言います。
  • じゃあどうしたら良いのか?と受電者Aと課長Bが悩んでいると、課長Bが営業所長Eに呼び出されます。
  • 営業所長Eとの話を終えて戻ってきた課長Bは暗い顔で受電者Aに言います。販売員Pがその上司である販売店長Qに話をし、怒った店長Qが所長Eに抗議の電話をしてきて、販売員Pへの誹謗中傷は許せないとのこと。所長Eが言うには、Pは成績優秀な販売店のエースであり店長Qからも厚い信頼を得ている。確かに販売員Pがお客さまに認知症だなどと言う訳がないのだから、申出人にはしっかりとそのことを伝えて誤解を解くようにとのこと。
  • 課長Bは済まなそうに受電者Aを見て言います。「まあ、そういうことだから。明日、しっかりと申出人には話をして、誤解をいて下さい。」
  • 受電者Aは誤解?を解く自信がなくて憂鬱になります。いつまでも明日にならなければ良いと思ってしまいます。

《適切な対応》
「事実確認」は犯人捜しではないことを関連部署に理解してもらい、淡々と行う。

最適な折衝担当者を決める

  • 事実確認より前にやるべきことは、会社としての折衝担当者を決めることです。
  • 申出人Xは3回電話をしていて、2回目と3回目の電話を受電者Aがたまたま取りました。だから、受電者Aが折衝担当者だという考えは間違っています。この申出人Xとの折衝に最適な折衝担当者を決めます。
  • 通常の判断であれば申出人Xは言葉遣いが乱暴な男性なので、折衝担当者は男性の方が良いとなります。ケース006で登場した男性係長(以下、係長Cとします)が適任だと考えます。報告ラインは係長C→課長B→所長Eとし、受電者Aは本件からはずれます。事実確認も係長Cがコミットしてコントロールします。
  • 通常、電話があった場合に真っ先にその電話をとる役割を持っている人をその場で終わらない苦情・クレームの折衝担当者にはしません。受電者と折衝担当者を同じにして、「あなたがとった電話なんだから、あなたが責任をもって解決して下さい。」という方針を取る職場では、電話をとるという仕事がリスキーでストレスのかかる仕事になり、電話応対の姿勢がネガティブになってしまいます。

確認すべき事実を明確にする

  • 何を確認すべきかなど、当たり前すぎて意識する必要がないと感じるかも知れませんが、ここは大切です。そうしないと、必要な事実の確認が終ったかどうかよりも、十分な手間・時間をかけたかどうかで事実確認を終了してしまうからです。
  • このケースで確認したい事実は、申出人Xがいうように販売員Pの対応が不適切であったかどうかです。不適切であれば、申出人Xの不満は理にかなっているといことになります。申出人は顧客として苦情を言っている可能性が高くなります。一方、販売員Pの対応に問題がないことが分かれば、申出人Xの不満は不条理となります。申出人はクレーマーとしてクレームを言っている可能性が高くなります。
  • この販売員Pの対応の適切性を判断するうえで、対応に至る経緯も確認します。それは、人の行動の一部を切り出して判断しないためです。
  • したがって、販売員Pと母親Yのやり取りの最初から最後までを確認したうえで対応の適切性を判断することになります。
  • 少し細かい調査になりそうです。また、販売員Pの記憶に頼る部分が多いのですができるだけその記憶の裏付けを確認することになります。

調査対象者の協力を引き出す

  • 事実を知っている調査対象者からの協力が得られなければ事実確認はできません。
  • ただし、人は一般的に「何か良くないことを起きたなら、誰かが何か良くないことをしたからだ。」という単純な因果律一つで現実を理解したがる傾向があります。「犯人捜し思考」とでも言うようなバイアスです。
  • 人はそういうバイアスで、自分が犯人に特定されることをほぼ無意識に恐れます。苦情なのかクレームなのかよくわからないがトラブルが起きている。自分も関係している。そこで事実確認をすると言われた。その時の人の気持ちは「俺は悪い事なんかしてない。こいつは俺を犯人に仕立てようとしているんだ。ふざけるな!」です。そして、その怒っている人も「犯人捜し思考」のバイアスに囚われているとこうなります。「ふざけるな!お前たちが電話応対を失敗してこんなトラブルになったんだろう。こっちは迷惑なんだ。電話応対ぐらいちゃんとしろ!」
  • こうならないように、事実確認は事実を確認するものであって犯人捜しではないということを理解してもらい、事実を確認しないで申出人と折衝を続けることがいかに危険であるかを、調査対象者に、時にはその上司も理解してもらいます。
  • このケースでは課長Bが販売店の店長Qに電話をして事情を説明し、申出人の言いなりではなく事実を踏まえて折衝したいと伝え、係長Bから販売員Pに事実確認をさせてもらうということを伝えてから、係長Bから販売員Pへの確認を開始した方が良さそうです。

気持を込めずに先入観を捨てて淡々と事実を確認する

  • 誰が悪いということは考えません。事実確認中にそのようなことを考えると自分の「願い」がこもってしまいます。「【実践編】即効テクニック/Stage⑥/テクニック⑥-1自分の心に宿る『願い』を捨てる」を思い出して下さい。「願い」は目を曇らせます。
  • この「願い」を捨てる方法とし「テクニック⑥-2最悪の事態を覚悟する」を思い出して下さい。これはとても重要なテクニックです。最悪の事態を覚悟すると折衝担当者の肚が据わるのです。多くの人は最悪の事態を明確に意識せず、漠然と「そんなことになったら大変だ!」と怯えます。漠然とした怯えは際限がありません。その結果あらぬ行動に走ります。事実隠蔽とか……報告改竄とか……
  • でも、「テクニック⑥-2最悪の事態を覚悟する」で説明していますが、実はどんな最悪の事態になってもその時点の最善の策をとれば、以外に大変なことにはならないのです。むしろ禍福は糾える縄の如しであったりするのです。そこまで見抜けると肚が据わります。申出人とのその後の折衝も恐れることがなくなり、是々非々の対応がとれるようになります。
  • そして、「テクニック⑥-3何かを守ろうとしない」を思い出して下さい。たとえ販売員Pの営業成績が抜群に優れていても、変に身内をかばおうとすると、多少なりとも事実の認識を歪めることになるので、後々ひどいことになります。淡々と事実を見極めるという姿勢に徹することが、一番強くて安全なのです。
  • そして最後に、「テクニック⑥-4周りの人にも肚をくくらせる」です。一番強くて安全な姿勢を足並みをそろえて会社全体でとるのです。
しかっかりと事実を調べれば、申出人が「言わなかったこと」が見えてくる
  • 事実を淡々と確認していると、意外なことが分かります。母親Yの態度も褒められたものではなかったのです。
  • 販売員Pは日ごろ顧客への対応が親切で迅速なので顧客の評判は販売店一でした。しかし母親Yは少し他の顧客とは違っていました。販売員Pが母親Yから電話を受けて、その電話で製品の初期設定の方法を説明したが、「ちっともわからない」を連発し、あげく「あなた、新人なの?説明へたね。ほかにもっと説明の上手な人いないの?」と言われます。販売員Pはお客様から無能扱いを受けたことがなくビックリしてしまいます。
  • 販売員Pは電話での応対では埒が明かないと感じ、訪問して説明することを提案します。すると母親Yは、「じゃあ、今からすぐ来て!私は午後からお友達に会いにいくから、1時には家を出るの。だら11時ぐらいに来てもらわないと間に合わないわ。」と言います。販売員Pは午前中に別のお客様のご自宅に訪問する予定でだったので、本日の15時以降に時間を調整してもえないかと言います。母親Yは譲りません「あなた、馬鹿?私は午後はお友達に家に行くって言ったでしょ。聞いてなかったの?注意散漫ね。どうしても今から来てもらわないと困るのよ。」
  • 販売員Pは他のお客様との約束の変更は難しく今日は無理であることを伝え。日を改めることはできないか?と提案します。するとこんな会話が続きます。「その他のお客って、もう契約したの?」「いえ、これかた契約をいただけたら言いと思っています。」「そうよね、あなたにとってこれから契約するお客が大事よね。私はあなたにとって釣った魚のようなものなのね。そういう考え方なのね。ひどいわ。」
  • 販売員Pは懸命に誤解を解こうとしますが母親Yは変わりません。「あなたは今日じゃない日って言うけど、先のことを約束すると私も忘れちゃうのよ。あなたが折角いらしても留守だったら良くないでしょ。この歳になると物覚えが悪くなるのよ。認知症の傾向があるかも知れないのよ。」「そんなことは無いと思いますよ。検査か何かを受けられたのですか?」「検査って認知症の?」「ええ」「あなた私に認知症の検査を受けろって言うの?ひどいわ。」「いえ、けしてそんな……」「私、認知症だとか、病院に行けとか言われたことないのに……、あなたと話していると気分が悪いわ。もう結構です。」と言って電話を切られました。これが認知症呼ばわりの経緯です。
  • 申出人Xが言わなかったことは母親Yの気難しさです。事実確認が終りました。この事実確認を踏まえた折衝が続くのですが、なかなかスマートには進みません。その成り行きは【クレーム事例:009】で詳しく解説します。